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横浜地方裁判所 昭和47年(行ウ)2号 判決

神奈川県愛甲郡愛川町半原二九番地

原告

大貫弘二

右訴訟代理人弁護士

土屋博昭

神奈川県厚木市水引一丁目一〇番七号

被告

厚木税務署長

篠原章

右訴訟代理人弁護士

西山敦雄

右指定代理人

森脇勝

長沢幸男

丸山喜美雄

高梨鉄男

渡部渡

渡辺信

今関節子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告が原告に対し、訴外亡大貫清次の遣産の相続税に関し昭和四三年七月五日付でなした更生決定は無効であることを確認する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告の養父訴外大貫清次(以下亡清次という)は昭和四〇年一〇月九日死亡した。

(二)  亡清次の遺産は、積極財産が金一〇、九八四、一一一円相当、消極財産が金二三一、九五八円であり、これを原告が相続により取得したので、昭和四一年四月七日厚木税務署に対し、別紙第一、一覧表「申告額」欄記載の如く申告し、同「相続税額」欄記載のとおり相続税を納付した。

(三)  ところが、被告は、昭和四三年七月五日、原告の長男訴外大貫泰男(以下泰男という)の別紙第二記載の株式および預貯金を亡清次の遺産であると認定し、原告に対し別紙第一、一覧表「更正決定額」欄記載のとおり更正決定をし、これを納付すべきことを命じた。

(四)  ところで、泰男は、昭和二三年八月二三日生れであるが、別紙第二記載の株式および預貯金は名実ともに同人のものであるから亡清次の遺産と認定されるべきいわれはない。

(五)  そこで原告は、昭和四三年七月二一日、被告に対し右決定に対する異議の申立をしたところ、原告の主張が一部認められ、被告から同年一〇月二六日付異議申立決定をもって別紙第一、一覧表「異議申立決定額」欄記載のとおり修正された。(以下右異議申立により修正された後の更正決定を本件決定処分という)

(六)  しかしながら、前述のとおり別紙第二記載の株式および預貯金は、いかなる意味においても亡清次の遺産と見ることは不可能であって、これを遺産と認定してなした本件決定処分には以下に述べる重大かつ明白な違法があり、絶対に無効である。

(七)  無効原因

1. 亡清次は、大正一一年ころ大貫泰男商店なる商号で撚糸業を開業し、その後の昭和二七年ころ有限会社大貫泰男商店を設立したものであるが、その配偶者トクとの間には三子をもうけたものの、女子ばかりで男子が出生しなかったため、原告が昭和二一年ころ長女と婚姻すると同時に、清次夫婦と養子縁組をした。

2. 原告は、結婚後清次とは別棟の住宅に世帯をもち、ただちに撚糸業にたずさわり、昭和二三年八月二三日に長男が生れた。

3. 亡清次にとって男子の出生は、待望久しいものであり、妊娠中から男子が生れたら泰男と命名され、清次が引取ることとなっていたので、長男は泰男と命名され、やがて清次方に引取られた。

4. 昭和二三年ころには撚糸業はすべて原告が取りしきるようになっており、清次はこれにほとんど関与していなかったが、清次は、泰男にある程度の財産を残したいという希望を持っており、原告とも相談のうえ泰男に株などを買い与えてきたので、株式その他泰男名義のものはすべて真実泰男のものとされていた。なお、右買入れに当っては、清次がすべての資金を出したというわけではなく、原告もその幾らかを出資した。

5. 清次が所得税の確定申告にあたって、泰男名義の株式の配当金を記載して申告したのは、(扶養)家族の収入も合算して申告するようにとの税務署の指導に従ってしたまでのこと(仮りに清次が富裕税の申告に際し、被告主張のとおりの申告をしたとしても同様の理由によったものと思われる)で、泰男名義の株式などが真実自己のものであったからではない。

6. また、原告が昭和四〇年分の所得税について右株式等の配当金を記載して申告したのは、清次が死亡し、泰男が原告の扶養家族となったので、これを右と同じく単純に合算して申告したにすぎなく、自己が相続したからではない。

(八)  予備的主張

仮に右原告の主張が容認されないならば、原告は次のとおり主張する。

1. 亡清次には、養子である原告のほか、長女(原告の妻)千代、二女佐藤博子、三女小島寿子の四名の相続人があるところ、

2. 右財産が亡清次の遺産と認定されるならば、右各相続人の相続分に応じて各四分の一の割合いで相続され、相続税についても右各相続人が相続分に応じて各四分の一の納税義務を負うこととなる。

3. しかるに、被告は原告のみを納税義務者と認定して、本件更正決定をした。

4. よって本件決定処分には重大かつ明白な瑕疵があるので無効というべきである。

二  請求の原因に対する被告の認否

(一)  請求の原因(一)は認める。

(二)  同(二)については、原告が昭和四一年四月七日厚木税務署長に対し別紙第一、一覧表「申告額」欄記載のごとく申告し、同「相続税額」欄記載のとおり相続税を納付したことは認め、その余は否認する。

(三)  同(三)については、被告が昭和四三年七月五日別紙第二記載の株式および預貯金を亡清次の遺産であると認定し、原告に対し別紙第一、一覧表「更生決定額」欄記載のとおり更正および過少申告加算税の賦課決定をしたことは認め、その余は否認する。

(四)  同(四)については、泰男が昭和二三年八月二三日生れであることは認め、その余は否認する。

(五)  同(五)は認める。

(六)  同(六)は争う。

(七)  同(七)については、1の事実は認める。2の事実中、昭和二三年八月二三日に長男が生れたことは認め、その余は不知。3の事実中、長男が泰男と命名されたことは認め、その余は不知。4の事実は不知。5の事実は否認する。6は争う。

(八)  同(八)は1の事実のみ認め、その余は争う。

相続税の納税義務者は、相続により財産を取得した個人であることは相続税法第一条に明定されているところである。また、亡清次の長女千代、同二女佐藤博子、同三女小島寿子は、いずれも相続開始後の昭和四一年一月八日、原告のために相続放棄の意思表示をしたから本件相続税の納税義務者は、原告である。

三  被告の主張

(一)  別紙第二記載の株式および預金について

1. 株主名義等については、別紙第三のとおりで、本件決定処分において、被告が亡清次の相続財産に含まれると認定したものは、符号13567811121415の各全部および2と9の各三分の一のみである。

2. 預金者名義については別紙第四のとおりで、本件決定処分において、被告が亡清次の相続財産に含まれると認定したものは、符号16の各全部および4と5の各三分の一のみであり、符号23については、相続開始直前に亡清次から原告に贈与されたので、相続税法一九条により課税価額に加算した。

(二)  被告の本件決定処分における課税価格の認定根拠は、次のとおり適法であり、本件処分には何ら瑕疵はない。

1 株式について

(1) 大貫泰男名義別紙第三符合1356781112の各株式

亡清次は、右各株式を昭和二七年以前から死亡にいたる日まで自己の株式としてその通称名「泰男」を使用し所有していた。

(2) 大貫トク名義別紙第三符号29の各株式

右各株式は、トクが昭和三六年八月二六日死亡した後も名義変更されず依然としてトク名義のままであるが、亡清次がこれを亡トクより相続取得したが、被告は、亡清次の法定相続分が三分の一であるところから、右各株式の三分の一を亡清次の遺産と認定し課税価格に算入したものである。

(3) 有限会社大貫泰男商店名義別紙第三符号14の株式

右株式は、実質上は亡清次が所有していた。

2 預貯金について

(1) 大貫泰男名義別紙第四符号16の各預貯金

被告は、亡清次が生前通称名泰男を使用していたのに対比し、亡清次の孫である実在の泰男は、亡清次の死亡当時、まだ一七才であった事実よりみて、右各預貯金は、亡清次が通称名泰男名義で所有していたものと認定し、課税価格に算入した。

(2) 大貫トク名義別紙第四符号45の各預貯金

右各預貯金は1の(2)と同様の理由により、その三分の一を亡清次の遺産と認定し、課税価格に算入した。

(3) 原告名義別紙第四符号23の各預貯金

右各預貯金は、相続開始直前の昭和四〇年九月二八日に亡清次から原告に贈与された。すなわち、亡清次が横浜銀行半原支店に預入していた元本一、五一八、〇〇二円、同一、二七四、二五三円の定期預金二口を昭和四〇年九月二八日に解約し、その元本に受取利息を加えた金員一、五一八、二四八円、同一、二七四、四六〇円の払戻しを受け、同日原告に贈与したので、被告は、相続税法一九条により右各預貯金を課税価格に算入した。

(三)  仮に、本件処分における被告の認定に瑕疵があったとしても、その瑕疵は、本件処分を無効ならしめるものではない。

1 行政処分が当然無効であるためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならない。

ここに、重大かつ明白な瑕疵というのは、処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に、重大明白な瑕疵がある場合を指し、瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指すものと解されているところ、被告が本件決定処分において、別紙第三、第四の大貫泰男、大貫トク、有限会社大貫泰男商店、原告等名義の各資産をその名義にかかわらず、課税価格に算入した認定根拠は(二)でのべたとおりであり、右認定には外形上、客観的に明白な誤認はない。

四  被告の主張に対する原告の認否

(一)  被告の主張(一)の事実のうち、株主名義等が別紙第三のとおりであり、預金者名義が別紙第四のとおりであることは認める。

(二)  被告の主張(二)の事実のうち、亡清次の配偶者がその主張の日時に死亡したこと、右トクの死亡後もトク名義の株式、預金等に名義変更のないことは認める。

(三)  その余の被告主張の事実は、すべて争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証の一、二

2  原告本人

3  乙号各証はすべて成立を認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし三、第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし五、第九号証、第一〇号証

2  甲第三号証、第一三、一四号証の各一、二の成立(甲第一三、一四号証の各一、二は原本の存在とも)は不知。その余の甲号各証はいずれも成立を認める。

理由

一  原告の養父清次は昭和四〇年一〇月九日死亡したこと、その遺産を原告が相続により取得したので、原告が昭和四一年四月七日被告に対し別紙第一の一覧表「申告額欄」記載のごとく申告し、同「相続税額」欄記載のとおり相続税を納付したこと、被告が昭和四三年七月五日別紙第二記載の株式および預金を亡清次の遺産であると認定し、原告に対し、別紙第一の一覧表「更正決定額」欄記載のとおり更正および過少申告加算税の賦課決定をしたこと、これに対し原告が同月二一日被告に対し異議の申立をしたところ、原告の主張が一部認められ、被告は別紙第三の株式等のうち符号1、3、5、6、7、8、11、12、14、15の各全部および2と9の各三分の一のみを、別紙第四の預金のうち符号1、6の各全部および4と5の各三分の一のみを亡清次の相続財産に含まれると認定し、右預金のうち符号2、3については相続開始直前において亡清次から原告に贈与されたものと認定したうえ、同年一〇月二六日付異議申立決定をもつて別紙第一の一覧表「異議申立決定額」欄記載のとおり修正したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、前記認定は誤認であり、これを基礎としてなされた本件決定処分は重大かつ明白な瑕疵があると主張する。

ところで、行政処分の瑕疵が明白であるということは処分要件の存在を肯定する処分庁の認定の誤認であることが、処分成立の当初から、外形上、客観的に明白であることをさすと解される(最高判昭和三六年三月七日参照)ので、別紙第三および第四の大貫泰男、大貫トク、有現会社大貫泰男商店、原告等名義の各資産をその名義にかかわらず課税価格に算入したことが処分成立当初から外形上、客観的に明白な誤認といえるか否かについて判断する。

(一)  被告において左記の株式、預金を亡清次の資産と認定したことについて、

1  大貫泰男名義の株式(別紙第三符号1、3、5、6、7、8、11、12の各株式)について、

成立に争いのない乙第一号証の一・二(富裕税調査簿兼税台帳)によれば、亡清次が右株式全部を自己の株式として記載した昭和二七年分富裕税申告書を被告に提出した事実、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三(昭和三九年分所得税確定申告書)によれば、右株式のうち符号6の株式を除く全株式の配当金を昭和三九年分の自己の配当所得として申告した事実、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三(昭和三八年分所得税申告書)によれば、右株式のうち符号8の株式を除く全株式の配当金を昭和三八年分の自己の配当所得として申告し、その際右申告書に大貫清次通称泰男と署名した事実がいずれも認められ、これらの事実および成立に争いのない乙第三号証によれば、亡清次は、生前通称名を泰男と称しており、右各株式を昭和二七年以前から死亡に至るまで自己の株式としてその通称名「泰男」を使用して所有していたものと認められ、従つて右株式を亡清次の資産とした被告の認定にはなんら瑕疵は存在しないというべきである。

2  大貫トク名義の株式(別紙第三符号2、9の各株式)について、

亡清次の配偶者であつた大貫トクが昭和三六年八月二六日死亡した事実および右株式がトクの死亡後も名義変更されずトク名義であることは当事者間に争いのないところ、前提乙第二号証の一ないし三によれば、亡清次が右各株式の配当金を自己の配当所得として昭和三九年分の所得申告をしたことが認められ、以上の事実によれば、被告において、亡清次が右各株式を右トクより相続取得し、その法定相続分が三分の一であることから右株式のうち少なくとも三分の一は亡清次の資産であるものと認定したことについて、重大かつ明白な誤認があつたとは認められない。

3  有限会社大貫泰男商店名義の株式(別紙第三符号14の株式)について、

前提乙第二号証の一ないし三によれば、亡清次は右株式の配当金を自己の配当所得として昭和三九年分の所得申告をしていたことが認められ、又、成立に争いのない乙第七号証の一ないし三によれば、右株式が右会社の貸借対照表の資産の部に計上されていないことが認められ、以上の事実によれば右株式は亡清次の資産であつたものと認められ、従つて右株式を亡清次の資産とした被告の認定にはなんら瑕疵は存在しない。

4  大貫泰男名義の預金(別紙第四符号1、6の預金)について、

亡清次は通称名を泰男と称しその名義で株式等資産を所有していたことは前認定のとおりであり、また、同人の孫である実在の大貫泰男は昭和二三年八月二三日生れであること、亡清次の死亡当時一七才であつたことは当事者間に争いのないことであり、これらの事実からみて、右各預金は、亡清次が通称名泰男名義で所有しているものと推認したとしても無理からぬことであるからそのように被告が認定したことについて、重大かつ明白な誤認があつたものとはいえない。

5  大貫トク名義の預金(別紙第四符号4、5の預金)について、

前記2記載と同様の理由により法定相続分として、右各預金の三分の一を亡清次の資産と被告が認定したことについて重大かつ明白な瑕疵があつたとはいえない。

(二)  前記亡清次の資産と認定した株式預金を原告が相続により取得したと被告において認定したことについて、

成立に争いのない乙第九号証によれば、亡清次の長女千代(原告の妻)、同二女佐藤博子、同三女小島寿子は、いずれも相続開始後の昭和四一年一月八日、原告のため相続を放棄する旨の意思表示をしたことが認められ、右株式、預金はすべて原告において取得したものと認められ、従つて被告においてその旨認定したことにつきなんら瑕疵はないといわなければならない。

(三)  原告名義の各預金(別紙第四符号2、3の預金)について、

成立に争いのない乙第八号証の二ないし五によれば、昭和四〇年九月二八日、亡清次が横浜銀行半原支店に預入していた元本一、五一八、〇〇二円、同一、二七四、二五三円の定期預金二口を解約し、その元本に受取利息を加えた金員一、五一八、二四八円、同一、二七四、四六〇円の払戻を受け、同日亡清次が原告に贈与した事実が認められるので、被告において、相続税法一九条により右各預金を課税価格に算入したことにはなんら瑕疵はない。

(四)  なお、原告主張の、原告とその妻千代との間に昭和二三年八月二三日長男泰男が生れた後、清次が孫である右泰男に財産を残そうと望んだので、清次あるいは原告において株式などを買い与えた結果、株式および預金で泰男名義のものすべては右泰男の資産となつたとの事実ならびに清次あるいは原告が所得税の確定申告に当り、泰男名義の株式の配当金を記載して申告したのは、扶養家族の収入は合算して申告するようにとの税務署の指導に従つてしたとの事実については、これに沿う原告本人の供述があるけれども、右供述はこれを裏付ける証拠がないのでにわかに措信しがたく、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

三  以上の次第により、前記各株式、各預金をその名義にかかからず原告が相続により取得したものとし本件決定処分をなしたことについて重大かつ明白な違法があつたものとは認められず、他に右認定を左右する証拠はない。

よつて原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤廣國 裁判官 山田忠治 裁判官 戸舘正憲)

別紙第一

〈省略〉

別紙第二

株式一覧表

〈省略〉

以上

預貯金一覧表

〈省略〉

以上

別紙第三

〈省略〉

別紙第四

〈省略〉

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